Share

5 無知蒙昧

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-08-10 16:00:44

 なんなのあの女!

 アイフェルト様はわたくしの物なのに!

 王妃になるのも私よ。私はハイウェング公爵家の長女ユシアン。その私にこそ、王妃の座は相応しい。

 王妃になれば、今よりもっと贅沢ができるとお父様が仰ってたわ。そうすれば、こんな陳腐な宝石じゃ無く、もっと大きな物も手に入るもの。それさえ私の美しさには叶わないだろうけれど。

 私はこの世の至宝。美しく聡明で、誰よりもたっとばれるべき存在なのよ。

 ちらりと廊下に並んだ窓に目をやれば、そこに映っているのは女神の如き姿。我ながら惚れ惚れしてしまうわ。

 波打つ真紅の髪は輝きを放ち、澄んだ深緑の瞳は春を告げる若葉よう。まだ幼いのに、魅惑的な体は艶めかしく人々を魅了する。どんな宝石も霞んでしまう私の姿を目にすれば、皆が見惚れてしまって困ってしまうわ。

 そんな私に釣り合うのは、アイフェルト様くらいかしら。それでも並び立てば、私の方が聴衆の目を引くでしょうね。

 本来なら私こそが女王に立つべきなのに、お父様は私に苦労をさせまいと、王妃を勧めてくださったの。王妃の務めは着飾って、アイフェルト様を心身ともに癒し、子を成す事。それには何より美しさが必要。まさに、私にしかできない仕事だわ。

 あんな地味な女、お呼びじゃないのよ。

 それなのに、厚かましくアイフェルト様に色目を使って取り入ろうなんて、私が捨て置くと思っているのかしら。

「あの女の素性を調べてちょうだい」

 そう言えば、すぐに後ろに控えた幾人ものメイドの中から一人が動く。お父様の力を使えば、どんな事でもできるわ。人一人消すなんて瑣末な事。

 なんといっても私は公爵令嬢なのだもの。手に入らない物なんて無い。

 この国も、アイフェルト様も全て私の物。それを横取りするような女狐、痛い目に合わせてやるわ。

 私はほくそ笑みながら廊下を進む。

 まずは公爵邸に戻って報告を待たなければ。それから考える事は山ほどあるのだもの。

 あの女を亡き者にするためなら、手段は選ばない。素敵な案が次々と浮かんできて心が弾む。

 待っていてね、アイフェルト様。

 ユシアンは、貴方のために頑張りますわ。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 年下王子の重すぎる溺愛   6-1 おまじない

     私はふわふわする頭を、なんとか働かせようとするけれど、殿下の顔が間近にあって、蕩けるような笑みを浮かべている。それがまた美しくて、見惚れてしまった。 そうする間にも、殿下に妖しい手つきで耳を触られ、ぞくりと背が粟立つ。「ん……っ」 思わず零れる声に、殿下は気を良くする。「リージュ、可愛い。とんだ邪魔が入ったけど、もう大丈夫。明後日には婚約も発表されるし、僕が守るから。そうだ、もういっその事、王宮に住めば良いよ。うん、それが良い」 突然の提案にも、私は反応できない。そんな事、無理に決まってる。婚約発表もされていない令嬢を囲ったとなれば、殿下の進退にも関わってしまう。どうにか反対しようと口を開きかけると、また塞がれた。 熱い舌が口内を蹂躙し、唾液が銀糸を引いて溢れ、浮上しかかった理性は溶かされ堕ちていく。その隙に殿下が指示を出した。「ネフィ」 そう呼べば、私のメイドは無言で頭を垂れる。何故メイドの名前までご存知なのだろう。殿下にしてみれば、末端の者なのに。回らない頭では、そんな思考も泡となって消えた。「すぐに準備を。部屋はもう用意してある。必要な物はこちらでも準備するから、大事な物だけ持ってくるように。急げ」 殿下の声は緊迫していた。  それはネフィにも伝わったのだろう、カーテシーをすると早々に部屋を後にする。 ――待って。 そう手を伸ばそうとしても、殿下に絡め取られた。指に口付けを落とし、上目遣いで私を見つめる。「リージュ。ダメだよ。この指輪はこっち」 右手の薬指から指輪を抜き取ると、改めて左手の薬指に嵌め、その上から

  • 年下王子の重すぎる溺愛   5 無知蒙昧

     なんなのあの女!  アイフェルト様は私の物なのに! 王妃になるのも私よ。私はハイウェング公爵家の長女ユシアン。その私にこそ、王妃の座は相応しい。 王妃になれば、今よりもっと贅沢ができるとお父様が仰ってたわ。そうすれば、こんな陳腐な宝石じゃ無く、もっと大きな物も手に入るもの。それさえ私の美しさには叶わないだろうけれど。 私はこの世の至宝。美しく聡明で、誰よりも尊ばれるべき存在なのよ。 ちらりと廊下に並んだ窓に目をやれば、そこに映っているのは女神の如き姿。我ながら惚れ惚れしてしまうわ。 波打つ真紅の髪は輝きを放ち、澄んだ深緑の瞳は春を告げる若葉よう。まだ幼いのに、魅惑的な体は艶めかしく人々を魅了する。どんな宝石も霞んでしまう私の姿を目にすれば、皆が見惚れてしまって困ってしまうわ。 そんな私に釣り合うのは、アイフェルト様くらいかしら。それでも並び立てば、私の方が聴衆の目を引くでしょうね。 本来なら私こそが女王に立つべきなのに、お父様は私に苦労をさせまいと、王妃を勧めてくださったの。王妃の務めは着飾って、アイフェルト様を心身ともに癒し、子を成す事。それには何より美しさが必要。まさに、私にしかできない仕事だわ。 あんな地味な女、お呼びじゃないのよ。 それなのに、厚かましくアイフェルト様に色目を使って取り入ろうなんて、私が捨て置くと思っているのかしら。「あの女の素性を調べてちょうだい」 そう言えば、すぐに後ろに控えた幾人ものメイドの中から一人が動く。お父様の力を使えば、どんな事でもできるわ。人一人消すなんて瑣末な事。 なんといっても私は公爵令嬢なのだもの。手に入らない物なんて無い。&

  • 年下王子の重すぎる溺愛   4-3 天使と悪魔

     そこに立っていたのは少し、いやかなりふくよかな少女。まだ幼いその少女は、レースやリボンが煩いドレスを身にまとい、ジャラジャラと髪飾りを鳴らしている。 燃える様な赤毛は、強烈な印象を与えた。緑の瞳も赤と相まって、気性の荒さを現している。その上ドレスはどぎつい農紫、金銀の装飾品も色とりどりの石が使われていた。全ての色が反発し合い、混沌としている。 しかし、紫を身に付けられるのは王族のみ。一瞬妹君かとも思ったけれど、殿下の態度で違うと分かる。 殿下は、私に向ける表情から一転。凍るような眼差しで少女を睥睨した。「誰が入室を許可した? 出ていけ」 殿下の言動から、おそらくこの少女がユシアン様なのだろう。冷たい殿下の声にも、ユシアン様は一歩も引かない。「アイフェルト様! その女は誰ですの!? 浮気は許しませんわよ!」 幼い少女だと言うのに、舌っ足らずな口調で出てくる言葉は擦れている。とても公爵令嬢とは思えない行動に、私は面食らってしまった。殿下は離れるどころか、見せつけるように私を抱きしめる。「浮気? この人は僕の婚約者だ。この世でただ一人のね。邪魔者は貴様の方。とっとと消えろ。目障りだ」 殿下、口調まで変わってませんか?  そんな殿下にも負けないユシアン様は、ズカズカと部屋に入ろうとした。それに厳しい殿下の声が飛ぶ。「つまみ出せ」 殿下の命令で、壁際に控えていた侍従が動き出す。殿下の美しさに目を奪われてすっかり忘れていたけれど、この部屋にはネフィや侍従がいるんだった。先のやり取りを見られていたのかと、今更に頬が熱くなる。 侍従がユシアン様を押し返すと、ギャンギャンと喚く。本当に公爵令嬢なのか疑わしいその行動は、王

  • 年下王子の重すぎる溺愛   4-2 天使と悪魔

     殿下は思わず叫んだ私をじろりと睨み、口を尖らせる。「酷いな。女の子だと思ってたの? 僕お嫁さんになってって言ったよ」 そう文句を口にしながらも私の手を引き、ソファへ座らせると何故か足の上に跨る。そのまま私に撓垂れ掛かって首に腕を絡ませた。「あの時、君は優しく手当してくれた。どこの誰とも分からない僕に。あの時から僕は君の虜だよ。この髪も瞳も、忘れた事は無い。やっと手に入れた。僕のリージュ……」 甘く囁く殿下の声が耳を擽る。頬を撫でながら近づいてくる殿下の顔に、私は気が動転してしまった。「で、殿下! お待ちになって……!」 胸を押して抵抗する私にも、殿下は余裕の表情だ。これではどちらが年上か分からない。「リージュ、照れてるの? 可愛い。もう食べちゃいたいよ」 そう言いながら、グリグリと腹部に押し付けられる硬い物。それの正体に気付いて血の気が引いた。「殿下!? あの、私達はまだ婚約者で、いや、それも解消していただけないかと……!」 私のその言葉を聞いた途端、殿下の瞳が剣呑に細められる。その瞳に射抜かれて喉がヒュっと鳴った。「婚約を解消? そんなのダメだよ。君は僕の妃になるんだ。まだ身体も小さくて満足させてあげられないけど、すぐ大きくなるから。僕が十六になったら結婚しよう。盛大な式を挙げて、国民に知らしめるんだ。未来の王妃がどれほど美しく、聡明なのか」 美しい!?  聡明!?  私が!? それはあまりに過ぎた評価だ。自分の容姿が平凡な事くらい自覚している。殿下にはどう映っているのだろうか。不敬だけれど、その目は濁っているのでは……。

  • 年下王子の重すぎる溺愛   4-1 天使と悪魔

     王宮の玄関を入ると、広いエントランスが出迎えた。中央に敷かれた真っ赤な絨毯。磨きあげられた大理石の床。上階へと続く、重厚な階段。 全てが美しい。 幾度か訪れた場所だけれど、その度に呑まれてしまう。そこには既に家令が待っていた。一礼すると、先に立って歩き出す。その後に続くと、いつもならエントランスの真正面に位置する扉の奥、舞踏会場へ直行する所を素通りし、階段へいざなわれる。 長い廊下を歩き、到着したのは三階の部屋。その部屋は、扉の装飾も素晴らしかった。舞踏会場の扉は重厚だけれど簡素だから、ここが位の高い部屋だと一目で分かる。家令がノックすると「入って」と、ハイトーンの声が返ってきた。 扉が開かれると、家令が道を譲る。その脇を通って部屋に入ると、大きな窓から差し込む陽差しが目を焼いた。 そこにいたのは、本物の天使かと見まごう美しい少年。見事な金の髪は襟足が長く緩やかに波打ち、紫の大きな瞳が煌めいている。まだ背は小さく、私の肩に届くくらいだろうか。フリルがたっぷり取られたドレスシャツに、膝丈のハーフパンツ。白いレース地のハイソックスが足元を覆っている。 初めてそのご尊顔を拝見したけれど、一目で王太子殿下だと分かる。殿下はその美麗なお顔で優雅に微笑み、小鳥のような涼やかな声で私を呼んだ。「リージュ、会いたかった。この日をどれだけ待ったか。ああ、ドレスもよく似合ってる。凄く綺麗だ。さ、こっちにおいでよ。ここに座って」 棒立ちの私を急かしながら、ソファの隣を叩く。私は殿下の美しさに見惚れて、反応が遅れてしまった。はっと我に返り、礼を取る。「お初にお目にかかります。フェリット伯爵家が一女、リージュでございます。王太子殿下におかれましては……」 しかし、その言葉は殿下に遮られた。「何を言ってるのリー

  • 年下王子の重すぎる溺愛   3-3 責務と呵責

     誰にも相手にされず、家のために結婚することさえできずにいる。夜会ではいつも壁の花。友人達が婚約者と踊る姿を遠目に見ているだけだった。 その友人達も、既に結婚して子供がいる。それなのに私は父の役にも立てず、|脛《すね》をかじる生活だ。仕事を手伝おうにも、領地は従兄弟が回している。その従兄弟にも婚約者がいるから、私の出る幕は無い。 従兄弟とは近い内に養子縁組をする事になっていた。従兄弟は年上だから兄になる。仲も良好だから、邪険には扱われないだろう。それでも邪魔者な事には変わらない。領地経営を順当にこなしたら、この王都の屋敷に移り住んで、騎士団に入る予定だ。領地の自警団にも所属して、しっかり鍛錬を続けていて実力も折り紙付きだという。 領地は管理人に任せ、実務を王都で処理する。王宮に出仕する貴族は、基本この形を取っていた。たまに管理人が領地を乗っ取る話も聞くけれど、それは本当に稀だ。フェリット家の管理人は、何代にも渡り仕えてくれている信頼出来る人物で、私も幼い頃遊んでもらった。 思い出したら思わず笑ってしまい、ネフィが怪訝な顔をする。 あの頃は楽しかったな。婚約だとか、そんな事気にも止めないで、領地の山を走り回っていた。勉強も楽しくて、家庭教師の先生を質問攻めにして困らせたっけ。裁縫や料理も、少しずつ上達するのが嬉しかった。メイド達に手作りのお菓子や刺繍した小物を贈ると喜んでくれて。お世辞も混じっていたとは思うけど。 でも、それもお披露目パーティーを境に徐々に減っていった。十三歳で王都に来てから習ったのは、主にお茶会の作法。そこで手作りのお菓子を出すのは失礼だと言われた。刺繍は許されたけれど、それ以外の小物作りは淑女らしくないと止められ、その代わりにダンスを叩き込まれる。 正直、ダンスの練習は苦痛だった。友達でもない男性にくっつき、複雑なステップを練習させられ、靴も踵が高くてすぐに痛くなる。今はそれにも慣れたけれど、せっかく習得したダンスは披露する機会も無い。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status